第21話「ジオフィジクス・オープン」
ついに、ジオフィジクス・ブルーイングのオープン日がやってきた。
朝から空は快晴。スタッフたちは早めに集合し、店内の最終チェックをしていた。青山はカウンターの奥で、タップの状態を念入りに確認している。佐久間はスタッフを集め、最終ミーティングを開いた。「今日が俺たちのスタート地点だ。みんなで最高の一日を作ろう。」全員が緊張した面持ちながらも、大きく頷いた。
IPA本舗もこの日は休業し、裕子も手伝いに来ていた。「私もできることがあれば何でも言ってくださいね。」そう言って、いつものように明るく笑った。青山も「ありがとう、助かります。」と微笑んだ。
開店の15時を迎えると、すでに店の前には長蛇の列ができていた。初日からこれほどの客が来るとは、誰もが予想していなかった。常連の佐々木夫妻、隼人、南田、沖、涼子、三原も、開店と同時に入店した。
「いやー、すごいな!青山さん、本当にやっちまいましたね!」佐々木が興奮気味に言うと、隼人も「これだけの人がクラフトビールを求めて集まるなんて、感動しますね。」と続けた。
カウンターでは佐久間とスタッフたちが次々にビールを注ぎ、お客さんたちに提供していく。「はい、お待たせしました。『Challenger Deep』、たっぷり楽しんでください!」スタッフの声が響くたびに、店内は活気に満ちていった。
田村の作るフードも次々に注文が入り、厨房は戦場のようになっていた。「チキンウィング追加入りました!」「仙台牛のビール煮込み、あと2皿!」と、スタッフがテキパキと指示を出し合う。
順調に進んでいたかと思いきや、突然、一つのタップからビールが出なくなるというトラブルが発生した。
「青山さん、タップ6番が詰まってるみたいです!」と、スタッフが焦りながら報告する。
青山はすぐに確認し、ホースの接続部分をチェックした。「ガス圧が足りてないな。急いでCO₂を調整する。」
しかし、その直後——
「プシューーーッ!!!」
突然、ガスの調整バルブが緩み、カウンター全体にビールが飛び散るという惨事に。
👿ガス圧でビールがカウンターに飛び散ることはありません。
「うわっ!やっちまった!」青山が慌ててホースを押さえつけるが、すでにスタッフの制服やカウンターがビールまみれになってしまっていた。
👿“壁の裏”ではありえます♪ 実際、私もビールまみれになった事があります(笑)
店内は一瞬静まり返ったが、すぐにお客さんたちが大爆笑。「おいおい、オープン初日から派手にやるな!」と佐々木がツッコミを入れ、南田も「ビールシャワーって、なかなかできる体験じゃないですよ!」と笑った。
青山は苦笑しながら「初日から伝説作っちまったな…。」と呟きつつ、すぐにタオルを取り出して対応を始めた。スタッフたちも素早くカウンターを拭き、お客さんたちに「すみません、無料でおかわり入れますので!」とフォローを入れる。
このハプニングで、逆に店の雰囲気はさらに和やかになり、お客さんたちも「こういうのも含めてクラフトビールだよな!」と楽しんでいた。
👿通常では絶対にありえません
次に発生したのは、想定を超える客入りによる「グラス不足」だった。
「やばいです!洗浄が間に合わない!」と、スタッフの一人が慌てて叫ぶ。
「ちょっと待って、今洗い物手伝う!」と、裕子が急いでバックヤードに向かい、手際よくグラスを洗い始める。
フレッドも「グラスが足りないなら、プラカップを使おう!アメリカのタップルームでも普通にやってる!」とアイデアを出し、すぐに佐川が近くのストックからカップを持ってきた。
👿ダメです!グラスで提供してください!!!
「すみません、今日は特別にプラカップでも提供させていただきます!」とスタッフが伝えると、お客さんたちは「全然気にしないよ!」と快く受け入れてくれた。
大盛況のうちに、初日終了
21時を過ぎても、店内の熱気は冷めることなく、多くのお客さんがビールを楽しんでいた。
佐久間が青山の肩を叩き、「やりましたね、初日でこれだけの盛り上がり。仙台にクラフトビールの新たな拠点が誕生したって感じがしますよ。」と笑った。
フレッドも「正直、ここまでの盛況は予想以上だった。でも、これが俺たちのスタートラインだな。」と感慨深げに言った。
青山は、店内の楽しそうな客たちの姿を見つめながら、静かにグラスを傾けた。「まだまだ課題はあるけど、いいスタートが切れた。ここからが本当の勝負だな。」
こうして、ジオフィジクス・ブルーイングのオープン初日は、大成功とともに幕を閉じた。
⭐️
ジオフィジクス・ブルーイングがオープンして1ヶ月が経過した。予想を超える好調ぶりで、連日多くの客が訪れていた。新たなビールのリリースや、クラフトビール初心者向けのイベントも功を奏し、仙台のクラフトビールシーンは確実に盛り上がっていた。
しかし、その陰でIPA本舗の客足が大幅に減っていた。
「最近、店が静かですね…。」
カウンターでグラスを磨きながら、裕子はぽつりと呟いた。目の前には、がらんとした店内。かつては賑わっていたIPA本舗だが、ジオフィジクスのオープン以降、常連客の多くがそちらに流れてしまったのだ。
それも無理はなかった。新しい店の話題性、広々とした空間、豊富なフードメニュー——IPA本舗にはない魅力がジオフィジクスにはあった。
「私が店を引き継いだから、みんな離れちゃったのかな…。」
そう思うと、裕子は胸が苦しくなった。自分なりに努力していたつもりだったが、青山のいた頃のIPA本舗の雰囲気を完全に再現することはできなかった。
「やっぱり、私じゃダメなのかも…。」
そう呟いたその時、店のドアが開いた。
入ってきたのは青山だった。
「裕子さん、ちょっと話せますか?」
裕子は驚いたように顔を上げた。「青山さん、ジオフィジクスは?」
「今日はちょっと早めに抜けてきました。最近、IPA本舗の様子が気になってたんで。」
青山はカウンターに座り、店内を見回した。「静かですね。」
「……はい。」裕子は言葉少なに答えた。
「裕子さん、何か変えました?」青山が優しく問いかけると、裕子は困ったように微笑んだ。「特に何も…。ただ、できるだけ青山さんがやってたことをそのまま続けようとしてるんですけど…。」
青山は少し考えてから、「続けるだけじゃ、ダメかもしれませんね。」と口にした。
裕子は驚いた表情で青山を見つめた。「え…?」
「俺がやってたやり方をそのまま真似しようとしても、裕子さんの色にはならない。それに、ジオフィジクスができて、仙台のクラフトビールの流れも変わってきてる。IPA本舗も、何か新しい方向性を見つける時期かもしれません。」
「新しい方向性…。」裕子は自分にそんなことができるのかと、不安そうに呟いた。
「例えば、IPAに特化するだけじゃなくて、もっとライトなビールも揃えて、新規のお客さんが入りやすくするとか。」
👿お前がそれ言う?? それ、君がやりなさい!
「でも、それだとIPA本舗じゃなくなっちゃう気がして…。」
青山は静かに首を振った。「そんなことはないですよ。IPAは軸にしつつ、ちょっとした変化を加えるだけで、全然違う店の雰囲気になります。大事なのは、店の個性を活かしながら、時代の流れに適応することです。」
裕子は少し考え込んだ。
「でも…それをするには、もう少しお客さんの声を聞かないと…。」
その時、店のドアが再び開いた。
入ってきたのは、佐々木夫妻、隼人、沖、南田、涼子、三原。
「お、青山さんもいるじゃないですか。」佐々木が笑いながらカウンターに座る。
「裕子さん、最近元気なかったですよね?」涼子が心配そうに尋ねる。
裕子は少し驚いた。「…気付いてました?」
「そりゃあね。俺たちはIPA本舗の常連だから。」三原がニヤリと笑う。「確かに、最近ジオフィジクスの方に行くことが多くなったけど、こっちはこっちで俺たちにとって大事な場所なんだよ。」
南田も頷いた。「ジオフィジクスはすごくいい店だけど、IPA本舗にはIPA本舗の良さがある。ここでしか飲めない雰囲気があるんです。」
「だから、もっとこっちにも来るようにするよ。」佐々木が力強く言った。
「そうですよ!」隼人も続いた。「IPA本舗は、俺たちのクラフトビールの原点ですから。裕子さんが悩んでるなら、みんなで一緒に盛り上げましょうよ。」
裕子は思わず目頭を押さえた。「…ありがとうございます。」
「よし、まずは何か飲もうか!」沖がそう言うと、裕子は笑顔で頷いた。「はい、すぐにお出ししますね。」
その夜、裕子は青山と常連たちと話し合い、IPA本舗の新しい方向性を模索し始めた。
「例えば、月に一度、IPAの勉強会を開くのはどうですか?」
「それ面白いな!新しいお客さんも呼びやすくなるし。」
「あと、ペアリングフードをもう少し充実させるのもいいかも。」
「それなら、ジオフィジクスとのコラボイベントもできますよね?」
「いいですね!ジオフィジクスとIPA本舗、両方で盛り上げられたら最高じゃないですか!」
裕子は少しずつ、自信を取り戻していった。青山も「これからが楽しみですね。」と微笑んだ。
こうして、IPA本舗は新たな方向へと舵を切ることになった。
【登場人物】
青山・・・IPA本舗店主/ジオフィジクスブルーイング社長
菅原裕子・・・IPA本舗店長
佐川隆一・・・投資ファンド社員/ジオフィジクス専務
田村圭介・・・シェフ/ジオフィジクス料理長
佐久間圭・・・ジオフィジクス店長
三原治・・・常連客/内装業社長
柿田涼子・・・常連客/技術職のリケジョで1児の母
日下隼人・・・常連客/医師
佐々木俊也・・・常連客/ビルオーナー(りさの夫)
佐々木りさ・・・常連客/花屋経営者(俊也の妻)
南田・・・常連客/一流企業社員
沖和幸・・・常連客/IT企業社員
続きはまた今度