第20話「調理人の採用」
佐川が手配したイタリアンレストランのシェフと、青山と佐川が会ったのは、一番町にある静かなカフェだった。青山はクラフトビールとフードの相性について熱く語り、シェフの考えを聞こうとしたが、どうも会話が噛み合わない。
「うちの料理はワインと合わせるのが基本ですし、ビールはどうしてもカジュアルなイメージがあってね。」
「クラフトビールは、ワインに負けないくらい多様性のある飲み物ですよ。」青山が力説するが、シェフの反応は薄い。
👿こいつ、嫌だ!
佐川もフォローしようとする。「クラフトビールとフードのペアリングは、海外ではすでに確立されている分野です。うちのブルワリーは、日本でもそれを広めたいと考えてまして…。」
「まぁ、面白いとは思いますけどね。」シェフは少し興味を示すが、どこか自信過剰で、青山の目には「ビールに対する敬意」が感じられなかった。
面談後、佐川が「どうします?」と聞くと、青山は即答した。「ナシですね。料理の腕は確かだろうけど、人間性がイマイチ。うちのビールをちゃんと理解してくれる人じゃないと無理です。」
「そうですね…じゃあ、別の方法を考えましょうか。」
その夜、IPA本舗で青山はビールを片手に考え込んでいた。シェフ探しは簡単ではない。
そんな時、カウンターで話をしていた常連の三原が、「何か悩んでるんすか?」と声をかけてきた。
「実は、ブルワリーのフード担当を探してるんです。さっきイタリアンのシェフと会ったんですけど、イマイチで…。」
三原はグラスを置いて「だったら、俺の知り合いに声かけてみましょうか?飲食業界のやつ、何人か知ってますよ。」と言った。
「本当ですか?」青山が期待を込めて聞くと、三原はニヤリと笑った。「まぁ、保証はしませんけどね。でも、少なくともビールが好きなやつはいます。」
数日後、三原の紹介で会うことになったのは、田村圭介という40代のシェフだった。
会った瞬間、青山は直感的に「この人は合うかもしれない」と思った。落ち着いた物腰に加え、どこかビール愛が滲み出ている雰囲気があった。
「田村さん、クラフトビールは好きですか?」
「好きですね。特にIPA。昔、アメリカで半年くらい修行してた時に飲んでハマりました。」
「おお、どこのブルワリー?」
「シアトルにいたんで、Georgetown BrewingとかElysian、あとFremontとかですね。」
👿Elysian!!!良いね!
青山は思わず「俺と趣味が合う!」と笑った。
田村も笑いながら「ビールのために料理を作るっていうのは、実はずっとやりたかったことなんです。今までの飲食業界はワイン中心で、ビールはどうしても軽く見られがちでした。でも、青山さんのブルワリーは本気ですよね?」
「もちろん。本気です。」青山は即答した。
田村の人間性とビールへの理解、そして料理の腕を信じ、青山は即決した。
「ぜひ、うちでやってください!」
田村は驚いた様子だったが、すぐに「やらせてもらいます!」と力強く答えた。
その後、すぐに基本メニューの試作が始まった。
◉ホップフリット(ホップを効かせた衣で揚げたフィッシュ&チップス)
◉シトラスポーク(Citraホップを使った柑橘系のソースで仕上げたグリルポーク)
など10数点の料理を作った
青山とフレッドは試食しながら、「これは間違いない」と確信した。
「ようやく形になってきましたね。」佐川がメニューリストを眺めながら言うと、青山も頷いた。「田村さんが入ってくれたおかげですね。」
田村は「ビールに合う料理を本気で作る仕事、ワクワクしますよ。」と笑った。
こうして、ジオフィジクス・ブルーイングのフード部門が本格的に動き出した。あとは、実際のキッチン設備を整え、メニューをブラッシュアップしていくのみ。
青山の夢が、また一歩現実に近づいていた。
⭐️
ジオフィジクス・ブルーイングのオープンに向け、店舗スタッフの募集が始まった。採用の中心を担うのは総務部長の茅島。
「接客業で一番大事なのは何か?」と青山が尋ねた時、茅島は迷いなく答えた。
「とにかく明るいことです。」
クラフトビールは、ただの飲み物ではなく、文化だ。お客さんが楽しむ場を作るには、スタッフが楽しそうに働いていることが何より重要だった。
求人広告を出したところ、わずか数日で50人近くの応募が集まった。
「すごいな…」と青山が驚くと、茅島は余裕の表情で「予想通りですよ。今、仙台でこんなに話題になってるブルワリーは他にないですからね。」と答えた。
応募者の中には、飲食経験者、クラフトビール好き、海外留学経験者、地元で働きたい人など多種多様な顔ぶれがいた。
佐川は「経験がある人を優先した方がいいんじゃないか?」と提案したが、青山と茅島は即座に反対した。
青山は「接客業で一番大事なのは、技術よりも人間性です。お客さんとビールを楽しめる人じゃないと、うちには向かない。」と言うと、茅島も「そうですね。経験は後から積めばいい。とにかく『一緒に働きたい』と思える人を採用します。」と言った。
最終的な採用基準は、**「明るく、ポジティブで、お客さんと楽しくコミュニケーションが取れるか」**に決まった。
応募者を5人ずつのグループに分け、簡単な自己紹介とクラフトビールへの興味を話してもらうことにした。
「クラフトビール、好きですか?」という質問に対し…
Aさん(元カフェ店員):「実は詳しくないんですが、友達がIPA本舗の常連で、『ここが仙台のビールの未来だ!』ってめっちゃ熱く語ってて興味を持ちました!」
Bさん(大学生):「ビールよりも雰囲気が好きです!クラフトビールってお客さん同士も仲良くなるって聞いたので、ここで働いてみたいと思いました!」
Cさん(元バーテンダー):「IPAが好きすぎて、アメリカまで飲みに行ったことがあります。自分の経験を活かして、もっと多くの人にビールの楽しさを伝えたいです。」
青山と茅島は顔を見合わせた。**「やっぱり、人柄が大事だな。」**と確信する。
面接を通過した候補者のうち、さらに10人ほどに絞り込み、実際に接客ロールプレイを行うことにした。
IPA本舗のカウンターを使い、青山やフレッドを「お客さん」役にして、どう対応するかを見る。
「どんなビールがおすすめですか?」と聞くと…
Dさん(元旅行代理店勤務):「お客様のお好みを伺ってもいいですか?爽やか系?それともガツンとくる苦味が欲しいですか?」
Eさん(元ホテルスタッフ):「今日は初めてのお客様も多いので、まずは飲みやすいセッションIPAからスタートするのもいいかもしれません!」
この段階で、特にお客さんの好みに寄り添える人、会話が弾む人を選定し、最終的に8名のスタッフを採用することに決まった。
採用が決まり、ジオフィジクス・ブルーイングのチームは次のように構成された。
〈運営メンバー〉• マネージャー(兼店長):元東京のビアバーの店長
バーテンダー2名(元バーテンダー&クラフトビール愛好者)
ホールスタッフ4名(明るくお客さんとコミュニケーションが取れるメンバー)
キッチンアシスタント1名(田村のサポート役)
スタッフが決まると、次は研修が始まる。
青山はまず全員に言った。「うちは普通のビアバーじゃない。ただの飲食店でもない。**『ビールの文化を伝える場所』**だってことを忘れないでほしい。」
スタッフはビールの基礎知識から始め、実際のサービング、グラスの管理、ペアリングの提案方法まで学んでいった。
佐川はマーケティング視点から、「お客様が求めるのは『ただのビール』じゃなく、ここでしか味わえない体験です。それを提供できるようになってください。」とアドバイスした。
仙台リトルアメリカ、ついに始動へ
スタッフが揃い、店舗が完成し、メニューが整う。
青山は開店を目前にして、カウンター越しにスタッフたちを見渡し、確信した。
「このメンバーなら、仙台のクラフトビール文化を次のレベルに押し上げられる。」
こうして、ジオフィジクス・ブルーイングの新しい歴史が始まろうとしていた。
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東京の人気ビアバーで店長をしていた佐久間圭が、ジオフィジクス・ブルーイングの店長として仙台にやってきた。佐川の紹介で話を聞いた青山は、すぐに彼の経験とビールに対する情熱を感じ取り、すぐに迎え入れることを決めた。
「仙台でクラフトビールの新時代を作る?いいですね、やりましょう。」
佐久間はそう言って力強く握手を交わした。これで、フロア運営の要となる人物が揃い、開店準備は加速していく。
店舗の改装がほぼ終わり、いよいよ本格的な準備に入ることになった。青山は田村とともにフードメニューの最終調整を行い、IPAに合う前菜や、ビールの風味を引き立てるメイン料理を試作していく。田村は「このビールには柑橘系の香りがあるから、シトラス系のソースが合うんじゃないですかね」と提案し、実際にシトラスチキンウィングを作ってみた。青山はひと口食べて「間違いない」と頷いた。
佐久間はホールスタッフのトレーニングに力を入れていた。タップの扱い方、グラスの管理、ペアリングの提案方法など、一つ一つを丁寧に指導していく。茅島も採用時に「明るさ」を重視して選んだスタッフたちの意欲を高めるため、積極的に声をかけていた。「とにかく、お客さんと楽しく会話することが大事です。知識は後からついてきますから。」佐久間がそう言うと、スタッフたちも大きく頷いた。
オープンの1週間前、IPA本舗の常連たちを招待して、試験的な営業を行うことになった。この日は、佐々木夫妻、隼人、南田、沖、涼子、三原らがやってきた。
店内に足を踏み入れた佐々木が「いやー、これはすごいな」と感嘆しながらタップルームを見渡した。「まさに仙台リトルアメリカって感じだな。」南田も、「壁のデザインもいいし、タップの配置も見やすくて、めちゃくちゃいいですね。」と興奮気味に話している。
カウンターでは、佐久間がスタッフたちに「お客様にしっかりビールの説明をすること。もし分からなかったら、無理に答えず、すぐに俺か青山さんを呼んでください。」と指示を出していた。青山は客席を回りながら、常連たちの反応を伺っていた。
「いやあ、これはもう本番みたいなもんだな。」隼人が言い、グラスを傾けた。「スタッフも動きがいいし、なんかもうすっかり馴染んでる気がする。」涼子も「雰囲気が良くて、女性一人でも入りやすそう。」と感想を述べた。
順調に進んでいたトライアル営業だったが、思わぬ問題が発生した。フレッドが真剣な顔で青山に耳打ちした。「冷蔵庫の温度が安定してない。タップのビールが若干ぬるい気がする。」青山はすぐに確認に向かい、確かに一部のタップで理想の温度より1〜2度高くなっていることに気がついた。
「機器の問題か、それとも設定の問題か…。」青山は考え込んだ。佐川がすぐに設備業者に連絡を入れる。「本格オープンまでには解決します。念のため、予備の冷却機材も手配しておきますね。」
一方、スタッフたちは動じることなく、お客さんに適切な対応をしていた。佐久間がスタッフを集め、「こういうトラブルはオープン後にも起こる可能性がある。焦らず、しっかり対処することが大事です。」と伝えた。全員が真剣に頷いた。
トライアル営業を終え、全員が最後のミーティングを行った。青山はスタッフたちを見渡しながら言った。「ここからが本番です。俺たちはただのビアバーじゃない。仙台のクラフトビールの未来を作る場所です。ここで生まれるビール、ここで生まれる時間が、日本中、いや世界に届くように。みんなで最高の店を作りましょう。」
佐久間が「ジオフィジクス・ブルーイング、いよいよ開幕ですね。」と言うと、フレッドが「この店がどれだけのインパクトを与えるか、楽しみだな。」と笑った。
青山は静かにグラスを持ち上げた。「ジオフィジクス・ブルーイング、成功させるぞ。」
全員がその言葉に応えるように、グラスを掲げた。ついに、仙台のクラフトビールシーンに新たな歴史を刻む日がやってくる。
【登場人物】
青山・・・IPA本舗店主/ジオフィジクスブルーイング社長
佐川隆一・・・投資ファンド社員/ジオフィジクス専務
フレッド・ジョンソン・・・ブルワー/ジオフィジクス醸造長
茅島守・・・ジオフィジクス総務部長
田村圭介・・・シェフ/ジオフィジクス料理長
佐久間圭・・・ジオフィジクス店長
三原治・・・常連客/内装業社長
柿田涼子・・・常連客/技術職のリケジョで1児の母
日下隼人・・・常連客/医師
佐々木俊也・・・常連客/ビルオーナー(りさの夫)
佐々木りさ・・・常連客/花屋経営者(俊也の妻)
南田・・・常連客/一流企業社員
沖和幸・・・常連客/IT企業社員
続きはまた今度